株式、再び大衆の手に

資本主義の主要パーツ、株式市場が変質している。デジタル化が進むなかで企業の投資が鈍り、余った資本を株主に返還する。あふれるマネーは限られた投資家しか参加できない未公開分野に流入。株主の監視機能が働きにくく、一部の投資家しか成長の果実を受け取れない。株式所有の裾野を広げて多様な価値観を取り込むことが、市場機能回復の一歩となる。


宇宙船より自社株

1602年、約650万ギルダーを集めて発足したのが世界初の株式会社、オランダ東インド会社だ。この会社の株式を売買する市場として、同じ年にアムステルダム証券取引所が生まれた。近代株式市場の始まりだ。

ロッキードは積極的な自社株買いが株価を押し上げてきた

企業が多数の投資家から資金を集めて事業を担い、利益の一部を配分する――。資本主義の根幹を担う株式市場の基本機能が揺らいでいる。米防衛大手のロッキード・マーチン。2019年秋に有人宇宙船「オリオン」の生産を米航空宇宙局(NASA)から受注した。トランプ米大統領がぶち上げた、宇宙飛行士を月に送るプロジェクトだ。


マネーの循環が変質

だが同社にとって最大の資金の使い道は宇宙船開発ではない。自社株買いだ。過去10年で計200億ドル(約2.2兆円)の自社株買いを実施。発行済み株式数は3割減った。


世界の上場企業は増資を上回る自社株買いを実施

経済のデジタル化や低金利を背景に、株式市場は企業がお金を集めて成長をめざす場から、投資家への還元を競う場へと変わった。世界の上場企業は18年度まで8年連続で増資額を超える自社株を買った。


弱まる経営監視機能

成熟企業が手元資金の活用に苦慮するなか、成長の果実を狙うマネーは上場市場の外側に向かう。米国では18年の株式未上場企業の調達額が、上場企業の約2倍の2.9兆ドルになった。

米国では企業自身が株式の最大の買い手に

ただ、未上場企業への巨額のマネー流入には危うさが漂う。多様な株主による監視機能が働きにくいためだ。象徴が米シェアオフィス大手のウィーカンパニー。創業者の公私混同に歯止めをかけられなかった。


「個人投資家が未上場企業に投資できないのは不公平だ」。19年9月、米証券取引委員会(SEC)のクレイトン委員長は訴えた。有望な未上場企業にファンドなどが巨額を投じ、上場は彼らの利益確定の場となっている。「旬」を過ぎた上場後には値上がりが限られ、個人投資家は利益を得にくい構造になった。


上場市場をみても、高度なIT設備を備えたプロ集団が超高速で大量の株売買を繰り返す。個人投資家は脇に追いやられがちだ。日本では1949年度に69%だった株保有に占める個人比率が、いまは2割強だ。


成長の果実広く

個人は労働者としてもかつてのような分け前を得られない。世界経済が生む付加価値のうち、労働者の取り分を示す労働分配率は過去60年で9ポイント下がった。富の偏りをどう正すべきか。

「労働分配率」は長期的に低下

ヒントが中国・北京近郊の農村にあった。タイ最大財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループが運営する鶏卵生産工場は東京ドーム11個分の敷地を抱える。だが工場は「完全自動制御」で雇用をほとんど生まない。CPはその代わりに土地を提供した近隣農家約5000人を「株主」とみなして配当を出す。利益を地域に広く配分する仕組みだ。


ニューヨーク大学経営大学院のアルン・スンドララジャン教授は「大勢の人々が株式を保有すれば資本の集中を防げる」と話す。


個人株主づくりに活路

「海外投資家はもうこりごりという気分になった」。オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンはいう。欧米流の先進的な企業統治の取り組みが評価され、オリックスの外国人株主比率は一時67%に達した。だが海外投資家の多くが、08年のリーマン・ショックを機にリスク回避の売りに回った。株価は高値から一時9割超下げ、市場では経営危機の噂も流れたほどだ。


その後、同社が進めたのが地道な個人株主づくりだ。個人向け経営説明会や株主優待の拡充で10年前に3%だった個人株主比率は12%に高まった。「企業理念を分かってくれる多様な株主に長期に持ってもらえれば、企業統治はうまく機能する」(宮内氏)


米シリコンバレーでは、米著名起業家のエリック・リース氏が企業や投資家の短期志向を排した新たな証券取引所の設立に奔走する。米当局から認可を得た新たな取引所の名前は「ロングターム証券取引所」。上場する企業には長期業績に連動した報酬制度の導入や長期投資家との対話を義務づける。「投資家が安心して長期志向の経営を進める企業に投資できる市場にしたい」。リース氏はこう意気込む。


50年あまり前、パナソニック創業者の松下幸之助は論文で「株式の大衆化を進めよう」と説いた。人々が株を持てば配当などの収入を得られる。株の大衆化こそが、富を社会に行き渡らせるひとつの解になる。


企業に70歳までの就業機会確保への努力義務を課す「高年齢者雇用安定法」の改正案が通常国会に提出される。60代の働き手を増やし、少子高齢化で増え続ける社会保障費の支え手を広げる狙いがある。定年延長だけでなく、再就職の実現や起業支援などのメニューも加わるのが特徴だ。


改正案は通称「70歳定年法」。2019年6月の閣議で決定され、19年末に始まった政府の全世代型社会保障検討会議の中間報告で明記された。国会で成立すれば、早ければ21年4月から実施される見通しだ。


60代前半については既に、企業は「定年廃止」「定年延長」「継続雇用制度導入」のうちどれかで処遇する義務がある。60歳の定年を63歳に延ばしたり、従業員が希望すれば同じ企業かグループ企業で嘱託や契約社員などで継続雇用したりする必要がある。実行しなければ行政指導を経て最終的には社名が公表される。



厚生労働省の調べによると、19年6月現在で定年廃止に踏み切った企業は全体の2.7%と少ないが、継続雇用制度を導入した企業は80%弱に達する。


改正によって60代後半の従業員の就労機会を広げるため、従来の3つに加え4つの項目を追加する。グループ外企業への再就職を実現させたりフリーランス、起業を選んだ人に業務委託したり、企業が関係するNPO法人などで社会貢献活動に参加する人に業務委託したりする内容だ。


企業は1つ以上のメニューを導入する必要があるが、60代前半と異なり、当面は実施しなくても社名公表はしない「努力義務」だ。政府は将来、60代前半と同じ「実施義務」にすることも検討している。


60代の就労を促進するのは従来、公的年金の受給が始まる65歳までの収入確保という「つなぎ」の色彩が濃かった。しかし、その意味合いは変わりつつある。


元気な60代が働くことにで医療、年金、介護など社会保障の支え手側に回れば、膨らみ続ける社会保障費にプラスに働く。年金受給開始時期を75歳まで繰り下げて受給額を増やせる制度改革も実施される予定で、60代後半の就労促進は国全体の課題となっている。


ただ企業側には戸惑いの声も少なくない。ある中小企業経営者は「大企業と違い、中小企業には従業員の再就職を頼める取引先はない」と話す。従業員の再就職は人材派遣会社に委託する企業も多い。改正によって再就職の支援だけでなく実現まで責任を持つ必要があるが、企業の体制が整うか不安が残る。


フリーランスや起業を選ぶ従業員に業務委託する場合も「どれくらいの期間委託すれば義務を果たすことになるか不透明」(社会保険労務士の井上大輔氏)との声もある。政府は国会審議を通じてこうした疑問に真摯に答える必要がある。


(後藤直久氏)

働く時間や肉体から「知」が生み出すアイデアへ。デジタル化で労働の価値は大きく転換した。モノ作り時代の残像がゆがみをもたらしている。

労働、二極化へ

「100年後には1日に3時間も働けば生活に必要なものは得ることができるようになるだろう」。20世紀を代表する経済学者、ケインズが『孫たちの経済的可能性』と題したエッセーでこんな予想をしたのは、世界恐慌の混乱が広がるさなかの1930年だった。

19世紀に比べ労働時間は6〜7割に
8億人の仕事消失

ケインズは2030年までに経済問題が解決し、自由な時間をどう使うかが人類の大きな課題になると述べた。英オックスフォード大学の推計では、米英独のフルタイム就労者の労働時間は1870年で週56.9〜67.6時間。予想ほどではないにしろ、2018年には6〜7割に減った。


ケインズが描いた30年のユートピア(理想郷)と対照的な未来予想図を米コンサルティング大手、マッキンゼー・アンド・カンパニーは唱える。人工知能(AI)やロボットによる代替が進み、世界の労働者の3割にあたる最大8億人の仕事が失われるという。


日本の雇用、時代遅れ

働かなくてもよくなるのか、働けなくなるのか。その捉え方は違えど、労働の未来は大きく二極化する。


現在の雇用形態の源流をたどると、フランス革命と産業革命に行き着く。労働者は身分に縛られず、契約で労働力を売り、工場内で分業するようになった。神戸大学の大内伸哉教授は「『時間主権』を企業にささげる働き方が雇用だった」と話す。


時間に比例して生産高や賃金が決まったモノ作り時代の残像がゆがみを生む。若さや肉体に価値を置いたまま多くの国は高齢化時代を迎え、次々と「引退」する世代を年金で支え続けることは難しくなっている。日本ではいまだ主流の定年制はもはや時代遅れだ。


高まる知の価値

「知」が価値を持つ今は、年齢や肉体の衰えとは関係なく優れたアイデアを出す人が果実を得る。新しい地平の働き手を支えるデジタル化が、資本主義を成り立たせてきた資本家と労働者の境界を消し始めた。


都内のセキュリティー企業に勤務する馬場将次さん(31)には、その腕を見込んだ海外企業からも仕事の依頼が舞い込む。昼休みや勤務終了後に取り組むのが、ソフトウエアやウェブサイトの脆弱性(バグ)を見つけて企業に報告する「バグハント」だ。2時間の作業で200万円になることもある。企業の依頼を掲示する国内サイトのランキングでトップを走る。


雇用というくくりを完全に飛び越えた自由な働き方をする人もいる。名刺管理のSansanなど10社近い企業と業務委託契約を結びながら働く日比谷尚武さん(43)だ。人や情報を必要とする人につなぐ「コネクタ」という肩書などで、広報支援や講演活動を手掛けつつ、報酬が発生しない社団法人での活動などにも取り組む。「1日に7〜8件の案件があるのは普通」と話し、夜にはロックバーまで共同運営する。


スキル、陳腐化早く

米国では組織に属さないフリーランスが27年にも就労者の過半を占めるという予測もある。工場労働者の権利保護のために1919年に創設された国際労働機関(ILO)も変革を迫られる。5〜6月の総会では新たな働き手の生涯教育の仕組みづくりが議題になる。


フリーランスが米労働者の過半になるとの予測も

ただ自由な働き方を喜んでばかりもいられない。労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎所長は「デジタル時代はスキルの陳腐化が格段に早まり、労働者の安定性が揺らぐ」と語る。


技術が誕生するたびに一部の労働者は職を奪われたが、それを上回る需要が雇用を生んだ。時間や肉体ではなく知で勝負する時代には、働き手の「賞味期限」はのびる。新しい時代に合った制度や人材教育にどうかじを切るか。新しい競争が始まった。

地上の交通渋滞や悪路とは無縁で、目的地までひとっ飛び。そんな「空飛ぶクルマ」が徐々に姿を見せつつある。海外では2020年にも試験サービスが始まる見通しだ。世界のスタートアップや航空機大手の開発競争は激しさを増している。巨大市場に育つ可能性がある未来のモビリティー開発に、日本勢も割って入ることができるか。


SFアニメなどで描かれた、街の上を空飛ぶクルマが飛び交う世界はすぐ近くまで近づいている。実験としてはシンガポールで19年10月、パイロットが乗り込んだ空飛ぶクルマが、高層ビル群を背景に試験飛行を披露した。飛ばしたのはドイツのスタートアップ、ボロコプターだ。大都市中心部では同社初の有人飛行を成功させた。


競うように14年創業の中国イーハンも、中国・広州市などで有人飛行を繰り返している。米ウーバーテクノロジーズは20年にも米豪で「空飛ぶタクシー」の実験を始め、23年に商用化する計画だ。



ウーバーは空飛ぶタクシーを2023年をめどに米国などで実用化する方針だ(写真は模型)

こうした空飛ぶクルマは滑走路が不要で垂直に離着陸できる「VTOL」と呼ばれる機体だ。多くは電動で、自動操縦技術が完成すればパイロットも不要になる。多くの国で社会問題になっている大都市の渋滞緩和なども期待され、投資が集まっている。

この分野で海外勢に真っ向から挑む日本のスタートアップが、スカイドライブ(東京・新宿)だ。開発拠点は19年夏、愛知県豊田市に設けた。福沢知浩社長は「海外のトップ企業から1年遅れているが、より安全でコンパクトな機体へのニーズがあるはず」と語る。「多いときは週に100回近く試作機を飛ばす」


同社の無人実験用の試作機は長さ2メートル、幅1.5メートルほど。4カ所に付いた上下2枚組のプロペラで浮力を得る。全地球測位システム(GPS)などを積み、ドローン(小型無人機)のように飛ぶ。


スカイドライブはトヨタ自動車の社員らが12年に作った有志団体「カーティベーター」が母体で、事業化を目指し18年に会社を設立。19年にはベンチャーキャピタル(VC)の出資や自治体の助成金で15億円を集めた。航空機メーカーや自動車部品大手から、技術者が20人ほど集まった。


20年夏に有人での試験飛行を公開し、23年に機体の販売を始めるのが目標だ。人が乗るモデルは試作機より一回り大きくなり、制御が難しくなる。現在は主に屋内で試作機を10メートル弱浮かせている段階で、「開発の進捗はまだ3割」(福沢社長)。高度100〜200メートルを時速60キロ以上で飛ぶ性能を目指している。


国内ではスカイドライブのほかにもドローン開発のプロドローン(名古屋市)が人が乗り込める救助用ドローンを開発中。東大発のテトラ・アビエーション(東京・文京)も1人乗り機体の開発を目指すなど、動きが活発になっている。



空飛ぶクルマは社会をどう変えるのか。最大の変化は、個人の移動手段が空に広がることだ。限られた富裕層を除き、これまで短距離の個人の移動は地上と水面に縛られていた。世界中で都市への人口集中が進む中、地表の輸送網の整備には物理的な制約が多い。空飛ぶクルマは、移動をサービスとして提供する「MaaS」を支える交通手段として活用が見込まれる。


滑走路が不要で、離島や山間部など交通の不便な地域でも重用されそうだ。災害時には、医師や救援物資を被災地に送りやすくなるかもしれない。


人々の移動を一変させる可能性を持ち、米モルガン・スタンレーは機体やサービスを含む空飛ぶクルマの関連市場が40年までに世界で1兆5000億ドル(約160兆円)に達すると予測する。新興企業だけでなく、航空機大手の欧州エアバスや米ボーイングも巨大市場の取り込みを狙う。


普及のためには運航管理システムなど技術の進歩に加え、安全確保のルール整備や騒音への対策、社会全体の理解など解決すべき課題は多い。スタートアップと大企業、政府が連携し、日本でも離陸の道筋を描くことが、日本企業が世界に食い込むための第一歩だ。


(山田遼太郎氏)



81歳でiPhoneのアプリを開発し「世界最高齢のプログラマー」と呼ばれた女性がいる。若宮正子さん(84)だ。「シニアにこそ情報技術(IT)を使ってほしい」という思いから、国内外での講演や本の執筆など活動の幅を広げ、自らをITエバンジェリスト(伝道師)と称する。


◇   ◇   ◇

北欧のエストニアがIT先進国だと聞き、6月に1人で現地に行ってきました。電子政府をシニアがどう活用しているかを調べるためです。


初めに役所で話を聞くと「シニアの役に立つことをメニューに入れている」「使いやすさに徹底的にこだわっている」「役所と民間の垣根をなくした」と言っていました。本当にそうなのか。検証するため、エストニアのシニアにアンケートへの協力を依頼したところ、約100人が応じてくれました。

6月にIT先進国エストニアの実情を視察した(写真はエクセルでアート作品を作るワークショップの様子)

現地で日本企業の進出や法人設立を支援している斎藤・アレックス・剛太さんと共同で、私が考えた質問を英語とエストニア語に訳しました。すると8割方が電子政府のサービスを使っていると回答。「生活を豊かにしている」という答えも9割以上で、政府の説明と一致していました。

 

自分でも体験してみるため、エストニアのバーチャル市民としてIDを取得した。 パソコンを開いてIDを読ませると健康保険、かかりつけ医の情報、自身の通院履歴や処方箋などが同じページでわかります。根っこにあるのは「情報は私たちのもの」「だから自分たちで管理する」という思想です。哲学が違うんですね。


電子政府の恩恵を一番受けるのはシニアだと思います。災害で薬が流され保険証もお薬手帳もなくなって、かかりつけ医もよそに避難したとします。常用している薬を飲もうとしたら、日本なら最初から検査をやり直さなければいけないでしょう。エストニアならIDカードを読むだけで処方してもらえます。


 

最先端のIT事情を貪欲に吸収する若宮さんだが、初めてパソコンを手にしたのは1990年代前半。勤めていた銀行の定年が近づいた58歳の時だった。

まだ一般にパソコンが普及する前でしたが、「おもしろそう」と思い、独学でスキルを身につけました。そのころ母が要介護状態になって、私もつきっきりでした。一歩も外に出られない日も、パソコンは私を広い世界に連れて行ってくれました。


「メロウ倶楽部がなければ今日の私はなかった」と言う(前列右から2人目が本人、11月7日に東京都江東区で開かれた「20周年記念全国オフ」で)

20年前、シニア世代の交流サイト「メロウ倶楽部」の設立発起人になり、今は副会長を務めています。その前身に入会したとき、歓迎メッセージが届きました。「人生は60歳を過ぎるとますますおもしろくなる。それまでの蓄積が花開く。70歳を過ぎるともっと充実してくる」


最初は書き込みをすると「作法がなっていない」とか「そんな内容はここに書くべきじゃない」とか、よく叱られました。でもこの年代で叱ってもらえるのは貴重な経験です。私はみなさんに「人生に『遅い』はない」と言っています。


■アップルCEOから「ハグ」
 

パソコンだけでなくスマートフォンにも、出始めた当初から親しんだ。だが一般には、「使い方がわからない」などといって敬遠するシニアが多かった。 年寄りが面白がるようなアプリが全然なかったんですよ。年寄りが若者に勝てるゲームを作ろう、それならひな祭りの飾り付けがいいと思いました。


自分で設計図を書き、東日本大震災のボランティアで知り合った宮城県のアプリ開発会社の社長に「作ってください」と頼んだら、「マーチャン(若宮さん)が自分でやれば?」。神奈川県内の私の自宅から、通話ソフト「スカイプ」で教えてもらいながら作りました。


2017年のひな祭り直前に「hinadan(ひな壇)」が完成しました。「素人っぽさもここまで来ると立派なものだ」なんて言われました。でも、ちゃんと動きます。


縁あって朝日新聞の記事になりました。それを見た米CNNから20問ぐらいの英語のメールが来て、「2時間以内に返事がほしい」って。グーグルの翻訳アプリを使って返信したら追加の質問がきて、今度は「20分以内に返事をしたら今晩流してやる」。日本の伝統行事をゲームにしたのが画期的だという電子版の記事で、40カ国語以上に翻訳されたようです。



アップルのティム・クックCEOと談笑する若宮さん(2017年6月、米カリフォルニア州サンノゼで)

しばらくしてアップルの日本法人の方が「話を聞かせてほしい」と言ってこられました。1カ月ぐらいすると「一緒に米国に行きましょう」と。最初は「用事がある」と断りましたが、「あなたにどうしても会いたいという人がいる」と言われてしまって「どなたですか」と聞くと「ティム・クック最高経営責任者(CEO)です」。さすがに失礼になるので、米国に向かいました。


米アップルが年1回開く「世界開発者会議」への特別招待だった。世界の優秀なアプリ開発者を集め、新製品も発表する重要イベントだ。前日、サンノゼ市の会場近くの指定された部屋で待っていると、クック氏が現れた。 「はじめまして」ぐらいかと思っていたら、「あなたのiPhoneを見ながら一緒に話しましょう」と言われたので、うろたえました。ほかの方は遠巻きに見ているだけでした。



アップルの世界開発者会議で、クックCEOは若宮さんの画像の前でスピーチした(17年6月、米サンノゼで)=ロイター

私は「シニアはスワイプ(指を滑らせる)が苦手だから、タップ(たたく)で遊べるようにしました」などと説明しました。CEOが「テキスト(文字)が小さすぎるんじゃないか」とおっしゃるので「iPhoneは画面が小さいから絵柄とのバランスが崩れます」。


「ではiPad用にすればいい」「縦横比が違うから難しい」なんて、町のプログラミング教室みたいな会話になりました。最後に、CEOが「私はあなたから刺激を受けた」と言ってハグしてくださったのでびっくりしました。


開発者会議では冒頭、CEOから「世界最高齢のプログラマー」と紹介されました。一緒に登壇したのはオーストラリアから来た10歳の坊やでした。彼らは多様性を訴えたかったのね。民族、性別などの多様性はあったけれど、80歳代のおばあちゃんは大発見だったんですよ。


■銀行では「業務改善」大好き

東京教育大学付属高校(現筑波大学付属高校)を卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行した。1997年に定年を迎えるまで勤めあげた。


 

生まれたのは東京です。父は三菱鉱業(現・三菱マテリアル)に務める会社員でした。第2次世界大戦中は信州の鹿教湯温泉(長野県上田市)に学童疎開したり、父の転勤について兵庫県生野町(現・朝来市)で暮らしたりしていました。小学4年生のとき、敗戦を迎えました。



兄の学生帽をかぶらされて少し不機嫌な若宮さん。兄は「とても活発で『向かうところ敵なし』だった」と回想する


高校は進学校でしたが、戦後のどさくさで入ったようなものです。若い人から「どうして大学に行かなかったんですか」とよく聞かれますが、女性は大学に行かない時代でした。


最初の配属先は本店営業部で、貸金庫などの窓口を担当しました。計算はそろばん、お札は手で数える世界です。私は不器用だったから、先輩にいつも「まだ?」って聞かれていました。10年ぐらいするとだんだんコンピューターが導入され事務が機械化されたので、そんなことも言われなくなりました。


私は業務改善が大好きで、上司によく提案をしていました。当時は支店ごとにお客さまの要望を聞いていましたが、それでは手に負えないこともあります。だから全社的な「お客様相談窓口」を作るべきだといった内容です。


当時、「ベルトクイズQ&Q」というテレビ番組がありました。職場の花(女性)対決という企画で、対戦相手は全日本空輸に決まりました。「向こうは客室乗務員が出てくる。絶対に勝てる行員を選手にしろ」ということで、私がキャプテンになりました。4〜5人勝ち抜いて見事に勝ちました。



30歳代の後半、企画開発部門に移る。当時の若宮さんをよく知るのが畔柳信雄・三菱東京UFJ銀行元頭取だ。仕事ぶりで印象に残っているのは、ほぼすべての金融機関の口座からの代金引き落としに使うシステム「ワイドネット」の立ち上げ。「相当、熱心にやってもらった。合理性の追求の極致のような仕事で、若宮さんにぴったり合っていた」という。


上司には目を掛けてもらいました。法人部門のマーケット調査をしたり、銀行振込や口座振替の手数料システムに関わったりしていました。


当時の私は「こうしてほしい」というアイデアは出すけれど、実際にシステムを作るわけではありません。担当部署には「素人なのにうるさい」と、ずいぶん、嫌がられていたのではないかと思います。


畔柳さんから見ると、私は高校の先輩にあたります。私は気軽に「くろちゃん」なんて呼んでいました。今は応援団になっていただいています。


趣味は海外旅行。一人で出かけて、現地の人と交流するのが好きだ。


これまで訪問した国は60カ国以上になります。予約の手違いで、言葉が通じない国のホテルで宿泊を断られることもありますが「泊まれないと困る」と言って粘る。そうすれば何とかなるものです。


■AIスピーカーはシニアの味方

人生100年時代、高齢者も学び直しが必要と指摘する。特に重要なのは金融と情報技術(IT)だという。


 

6月に東京で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議関連のシンポジウム「高齢化と金融包摂」で基調講演をしました。シニアに金融教育をすると認知症になる率が低下するそうです。とはいえ、インターネットで株を売り買いしたりするのは難しいかもしれません。



G20財務相・中央銀行総裁会議の関連シンポジウムで基調講演した(6月、東京都千代田区)

私は「ジジババファンド」を提案しています。例えば1人50万円ずつ拠出して、スタートアップを目指す若者に投資する。失敗することもあるだろうけれど、オレオレ詐欺に引っかかるよりマシでしょう。100人から集めれば合計5千万円。若い起業家は高齢者に事業内容がわかるように、工場や農場の見学会を開けばいい。それによって高齢者と若者が近づけます。


こういうことを通してシニアも「時代を知る」「社会を知る」「科学を知る」「ITを知る」ことが大事だと思います。


「スマートフォンは難しいから使わない」ではなく、なぜできないのかを若い開発者たちに伝えないといけません。彼らも知りたいでしょう。


自宅には人工知能(AI)スピーカーを設置し、日常生活で使いこなしている。
AIスピーカーはシニアの味方だと思います。初期設定さえしておいてもらえば、寝たきりになっても使えます。


  自宅でもIT機器を使いこなす(神奈川県藤沢市)

いま一番必要なのは、AIの側から働きかけるプッシュ型のサービスです。大雨が降ったら「避難準備命令が出ました」とモニターとスピーカーで教えてくれるといった機能です。あるいは胸が苦しくなったら119番に電話するとか、いろいろなシニアのニーズがあります。


日本の建設業では何百万人も働いているけれど、台風で飛んだ屋根を直せる職人さんの多くはシニアです。「おじいちゃん大工さん」の存在は貴重です。若者にノウハウを伝えることは大事ですが、おじいちゃん自身がITを学べば鬼に金棒です。


ドローンを使って屋根の上に材料を運ぶとか、壁の中を内視鏡で見るとか、音の反射で様子を探るとか、デジタルの世界を知らないで旅立った大先輩に比べ、私たちは恵まれています。


 シニアのIT教育に関しては、教える側の問題も多いと指摘する。

役所では詳細を知ることは難しいでしょう。統計では70歳代の半分がスマホを持っているかもしれませんが、家に帰ったらバッグに入れっぱなしで、充電していないから、もしものときに使えない。どう使っているかまで踏み込んで考えないと意味がありません。スマホなどの説明書も、専門家が作っているから伝わりにくい面があります。



若い世代とも交流の輪を広げている(エストニアの電子政府を共同で調査した斎藤・アレックス・剛太さんと、都内で)

私に言わせれば、LINE(ライン)はコミュニケーションツールというより、シニアにとっては「茶の間」です。家族や気心の知れた仲間が安心してくつろぐところです。一方、ネット空間は不特定多数が行き交う銀座や原宿です。専門家からはひんしゅくを買うかもしれませんが、そういう解説の本を書いてもうすぐ出版します。


■エクセルでアート作品

若宮さんは表計算ソフト「エクセル」を使って様々なデザインをつくる「エクセルアート」の創始者でもある。


 

シニアにコンピューターを使うと何ができるかを理解してもらうために始めました。セルを塗りつぶしたり、ケイ線を色づけしたりして、好きな模様をつくります。シニアの女性は編み物や手芸が好きだから、その延長線上でできます。


エストニアで皆さんとお近づきになるため、おばあちゃんと子どものためのエクセルアートでうちわを作るワークショップを開きました。シニアも子どもも2時間もあれば「私が作りました」と言って、個性的な柄を持ってきます。最後に子どもたちがうちわを振って「おばあちゃん、さようなら」って言ってくれたので、うるうるしちゃいました。



エストニアの子供たちとエクセルアートのうちわを作った(右から2番目が若宮さん、6月に同国の首都タリンで)

昨年秋の園遊会に呼んでいただいたとき、エクセルアートのロングドレスとハンドバッグで行きました。バッグは発光ダイオード(LED)ライトでぴかぴか光るようにしました。


皇后さま(当時)が「あら、光りますのね」と話しかけてくださって、天皇陛下(同)もご覧になりました。皇后さまからは「いつまでもお元気でご活躍くださいませ」とおっしゃっていただきました。


58歳でパソコンを手にした若宮さんは、世代を超えて様々な人たちとつながっている。 私は国籍、年齢、性別などに関係なく、フラットな付き合いをしたいと思っています。


井上美奈ちゃんをご存じですか。ロボットの研究をしている10歳の小学生です。私がIT先進国のエストニアに行く話をしたら、すごく興味を持ってくれて、同じ時期に現地に行くことになりました。彼女は「同世代のかけ橋になりたい」という立派な趣意書を書き、クラウドファンディングで渡航費を集めました。帰国後には自分で報告会を開きました。


私は美奈ちゃんを、友人であるロボットコミュニケーターの吉藤オリィさんに紹介しました。2人はきっといい友達になれると思います。


来年度から小学校でプログラミング教育が必修になります。「スマホは教育に悪い」と思っていたお母さんたちは「文部科学省に裏切られた」と言っているそうですが、それは違います。例えばA君は跳び箱を飛べるのにB君は飛べない。スマホで動画を撮って、仕切りの位置や飛び出す角度を分析する。そういうのがプログラミング的発想であり、つまり理論的思考を教えるのだと思います。


 大切にしているテーマは「私は創造的でありたい」だ。

創造こそ人工知能(AI)にも動物にもできない最も人間的な活動です。ある小学校の先生がこう言っていました。「近ごろ元気に活躍している大人は小学生時代の問題児が多い。優等生はふるわない」。そういう時代なんです。


私は84歳になりましたが、前よりアタマが良くなった気がしています。たくさんの人に会い、いろいろな刺激を次から次へと与えてもらったことが成長の元になっているのでしょう。


(伊藤浩昭氏が担当しました)

デジタル化の進展で「ギグワーカー」など雇用によらない働き方が増え、資本家対労働者という従来の構図が大きく変わりつつある。雇用という形態は今後どうなるのか。ロボットなどに労働を代替される「働かない世界」はやってくるのか。労働法に詳しい神戸大学の大内伸哉教授に聞いた。
大内伸哉氏(おおうち・しんや)
東大法卒、同大博士(法学)。専攻は労働法。現在は技術革新と労働政策が中心的な研究テーマ。人工知能(AI)活用やデジタル化などがもたらす雇用への影響、テレワークやフリーランスなど新たな働き方の広がりに伴う政策課題を研究している。

「企業の人材投資に限界、『自学』が大事」

――雇用によらない働き方をする人が増えています。

「雇用とは時間を企業にささげるような働き方だ。『時間主権』と生活保障のはざまで、長く後者を選択してきた。特に後者を選んできたのが日本の昭和時代だ。雇用労働ではなく、個人事業主のように自営的労働を選ぶ人が増えている。現在は全体の10分の1ほどだが、自営的労働はどこの国でも半分くらいになるのではないか」


「長期雇用にどっぷりの人は価値の転換が必要だ。終身雇用の見直しなどが話題に上るのも、企業が雇用を守るのに限界があるということだろう。企業が『使える』人材を自前主義で時間をかけて作ったとしても、10年後に必要なものは分からない世界だ。そうなると企業も人材投資はしにくくなる」


――背景にあるのは何でしょうか。

「これまで資本主義における労働は、ほぼ株式会社での労働と同義だったが、第4次産業革命が変化をもたらしている。起業がしやすくなって経営者と労働者が融合してきている。会社員は消え、労働法もなくなるかもしれない」


「技術革新によって、雇用労働は減る。定型的な労働はなくなり、知的創造性が求められる労働になってくる。そうなると人間のやる仕事は機械を使う側の仕事、機械ができないような仕事、機械にさせることできるが人間のほうが安くできる仕事の3つになるだろう。そのうち後者の2つは徐々に減っていく」


「知的創造性が重要になるが、これは指揮命令下でやる雇用との相性が悪い。ICT(情報通信技術)を基盤にして、企業に支配されて働く労働から、自己決定のための労働になる。教育が大きな課題だ。職業訓練・教育の多くは企業が担ってきた。自営的な労働が増えれば、それがなくなるわけだから『自学』が大事になる」


「苦役からの解放と、賃金もらえない二面性」

――身につけた技術・スキルが陳腐化するスピードも速いです。

「教育には3つある。陳腐化が懸念されるのは、職業先端教育だ。自分で契約書を書けたり、情報リテラシー持ったりという職業基礎教育や、教養教育が重要になるだろう。今はネットでも学べるようになっている。大きなチャレンジだが、意識改革が必要だ」


――今よりずっと少ない労働時間になったり、「労働なき世界」がやってきたりするでしょうか。

「そうなるのは間違いないだろうが、いつそうなるかは分からない。効率化やデジタル化が進んでいない企業もまだ多い。ただ、そうした企業はいずれ市場から退出させられる」


「古代ギリシャ時代の『奴隷』の代わりとして、ロボットやAIなど機械に労働を任せ、機械の所有者の得た価値を共同体の構成員に再分配する、ベーシックインカムのような形になるかもしれない。労働という『苦役』からは解放される一方、賃金をもらえなくなるという二面性に直面する。そこは政府の出番で、再分配の手法を考えないといけない」


■記者はこう見る「デジタル化、会社の形も変える」
 井上孝之
 

インターネットで単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」の増加、終身雇用などの日本型雇用システムの転換、働き方改革――。雇用や労働は日本だけでなく、世界的にみても数十年から数百年単位の大きな転換点にある。  デジタル化の急速な進展に加え、将来の予測不能性が高まったことで、ナレッジワーカー(知識労働者)の重要性が増している。その一方で、定型的な単純労働は機械に代替され、なくなっていく流れにある。

 

産業構造の変化によって仕事が失われても、これまでは代わりとなる需要を生み出し、雇用が多く創出されてきた。ただ、大内氏は「今回の第4次産業革命は省力化や無人化を進めるものなので、新たな雇用を生む力は弱いかもしれない」と話す。

 

「知的創造性が重要になるが、指揮命令下でやる雇用との相性が悪い」と大内氏が指摘するように、ヒエラルキー型の上意下達の組織をやめて、現場の社員一人ひとりが考えて動くような、機動性がある「自律型」に組織変革をする企業も増えてきている。今後は労働だけでなく、会社の形も大きく変わっていくだろう。

2020年は銀行を2つの大波が襲う。一つはマイナス金利政策で収益を削られる構図が続く。もう一つは異業種との競争だ。ヤフーを運営するZホールディングスとLINEが目指す「スーパーアプリ」は台風の目になりそうだ。銀行と異業種の生き残りをかけた競争で、革新的な金融サービスが生まれる年になるかもしれない。

銀行はこれまで営業職員を通じて個人や企業がどんな金融サービスを求めているのかを知り、実際にサービスを提供してきた。プラットフォーマーは多機能アプリなどの圧倒的な利便性を武器に金融機関と顧客との間に入る。銀行は戦略立案のうえでもっとも大事な顧客データを奪われ、顧客やプラットフォーマーによって複数の金融機関から選んでもらう立場になるかもしれない。


中国の「アリペイ」などのように生活に関わるほぼすべてのサービスを提供できる「スーパーアプリ」は、その最たるものだ。ヤフーとLINEの顧客は単純合算で1億人を超える。また有力なスマホ決済である「PayPay」と「LINEPay」を持つ。いずれも政府のポイント還元事業で商圏を広げた。メッセージアプリ内で決済だけでなく給与振込、金融商品の購入までできるようになれば勢力図は変わる。


企業融資の世界でも同様だ。たとえばクラウド会計のfreee(東京・品川)は地方銀行と組み、取引先企業の資金データをすべて可視化できるサービスを展開している。地銀にとっては取引先企業の実情が手に取るように分かる利点はあるが、もはやfreeeのサービスを通じてしか情報を入手できなくなるのではと懸念する声もある。


メガバンクも自前主義に限界を感じている。20年度中に設立が予定されているLINEとみずほフィナンシャルグループのスマホ銀行はLINE側が51%の出資を握る。銀行側は「助手席」(みずほ幹部)というわけだ。


三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は自社で進めていたコイン構想を転換し、20年からはリクルートが51%出資する新会社に委ねることを決めた。こうした戦略で銀行がどこまで主導権を残せるのか、バランスは手探りだ。

他支店との統合により移転予定の銀行の店舗(東京都世田谷区)

銀行に残された選択肢はそう多くない。新たな技術分野に手を広げる経営資源がマイナス金利政策によって削られているためだ。全国銀行協会が公表する全国115行の実質業務純益は2018年度に3兆240億円と3年で3割減った。


2019年には短期金利だけでなく、長期金利もマイナス圏に入り、市場運用も厳しくなった。合理化によって利益をひねり出そうにも、店舗や人員を減らすスピードには限界があり、規制対応での人員配置に経費もかかる。世界のマネーロンダリング(資金洗浄)対策を調査する金融活動作業部会(FATF)の審査もあり、預金の本人確認にもこれまで以上にコストがかかる見通しだ。


「できることなら銀行免許を返上したい」。銀行からはこんな弱音も漏れる。米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は1990年代に「銀行機能は必要だが今ある銀行は必要なくなる」と発言したが、では将来は誰が代わりに銀行の役割を担えるのか。


注目されるのは公正取引委員会の動きだ。スマホ決済業者の利用者が銀行口座からチャージする際に生じる手数料や、家計簿アプリに口座情報を提供する「オープンAPI」の手数料など、銀行の動きを調査し始めた。送金手数料や、その土台となっている「全銀システム」のあり方も調べており、それらの結果を20年3月までに公表する予定になっている。


公取委の狙いは、銀行が金融分野での技術革新を邪魔する構図になっていないかどうかのチェックだ。安全・安心を守ることと新しい技術革新を進めることのバランスはいつも難しい。だが銀行が単に既得権益を守る側だと世間からみなされれば、その先の試練はさらに厳しいものになる。20年はその分岐点になる。


(高見浩輔氏)




2020年東京五輪・パラリンピックの競技会場は、国産の木材をふんだんに取り入れた設計が目立つ。各国の選手たちが躍動し、世界が注目する舞台で、日本の木が持つぬくもりや建築技術をアピールする。産地もその時を心待ちにしている。 ■有明体操競技場、戸建て100戸分の木材 有明体操競技場は東京2020大会の新設会場では最も多く木材を使用している 五輪とパラリンピックのために新設される競技会場のうち、最も木材が活用されているのが有明体操競技場(東京・江東)だ。約2300立方メートルと一般的な戸建て住宅(床面積120平方メートル)の100戸近くに相当する国産木材を使った。 全長117メートルの木造アーチ屋根 外装・コンコースにもぬくもり 観客席には三重県産のスギ

外観が目を引く。「湾岸エリアに浮かぶ木の器」がコンセプト。大会のキーワード「持続可能性」に沿った自然との共生をイメージさせようと、外壁を木目美しいスギで覆った。


五輪で体操や新体操など、パラリンピックでボッチャの熱戦が繰り広げられる場内には木の香りが漂う。屋根は強度の高いカラマツで組んだ。約90メートルの梁(はり)を30本施工。作業しやすいよう地上で屋根を分割して組み立て、所定の高さへ持ち上げる「リフトアップ工法」で全長117メートルの大屋根を完成させた。


設計した日建設計の担当者は「環境に配慮した大会を実現するため木材を多用した。日本の建築技術を世界にアピールできる」と話す。木質の屋根としては世界で最大規模という。観客席のイスも木製とするこだわりようだ。


建築家の隈研吾氏らのグループによって「杜(もり)のスタジアム」をコンセプトに設計された国立競技場(東京・新宿)。「今までのスタジアムとは違った、日本らしい温かい感じを目指した」(隈氏)


スギを縦格子にしたひさしが建物周囲をぐるり。鉄骨と組み合わせたカラマツとスギを屋根材として使い、国産木材の使用量は約2000立方メートルに及ぶ。


選手村の敷地内で建設が進む「ビレッジプラザ」(東京・中央)も国産のヒノキなどを多用する。雑貨店やカフェなどを配置し、選手や関係者らが集ってリラックスする施設だ。柱や梁だけでなく内外装にも木材を使い、くつろげる雰囲気を醸し出す。


ビレッジプラザは大会後に解体される。木材は各自治体へ返却し、公共施設などで再活用してレガシーとして残してもらう計画だ。  

■スギなど、47都道府県から結集 国立競技場などの建設のため、日本全国から木材が集められた。競技会場は海外からも多くの選手や観客が訪れるひのき舞台。供給した産地は「日本の木の美しさを知ってもらえるチャンス」と喜ぶ。 国立競技場のひさしには、46都道府県のスギと沖縄県のリュウキュウマツを使用している

国立競技場のひさしには46都道府県のスギと沖縄県のリュウキュウマツを使用。いずれも産地の方角に向けて取り付けた。北海道産なら、競技場北側へ配置されている。


山梨県は、所有する甲州市の山林で伐採したカラマツも屋根材として納めた。山林を管理し、出荷を担った造林業者の古屋佳浩さんは「世界の舞台で使われることは誇らしい」と話す。約60年かけて育て上げたカラマツを「現地で見てみたい」と考えている。


有明体操競技場の大屋根の梁には強度があり、木目も美しいとされる北海道と長野県のカラマツが主に使われた。外装に静岡、宮崎、秋田の3県のスギ、ベンチは三重県のスギを採用した。


外装で最も多く使われたのが、浜松市のスギ「天竜材」だ。節が少なく見栄えするのが特徴で、市林業振興課の担当者は「外装は多くの人の目に触れる。『天竜材』のブランドを知ってもらえる機会になる」と意気込む。


大会に合わせて新設された施設では、計画的な伐採・植林や生態系への配慮などを評価する「森林認証」を取得した産地の木材を使用している。大会組織委員会の担当者は「見た目だけでなく、環境にも気を配った木材であることもPRしたい」と話す。

■高度成長期に植林、いま伐採期

国内の木材生産量は増加傾向が続いている。2018年に前年比1.8%増の3020万1千立方メートルになり、9年連続で増加した。08年の生産量の約1.6倍だ。高度経済成長期に集中して植林された人工林が伐採の時期を迎えており、生産量が伸びている。


国内で使用される木材のうち国産材が占める割合(自給率)も18年に36.6%となり、11年から8年連続で上昇した。自給率は安価な輸入材に押されるなどして02年には過去最低の18.8%まで下がっていた。


政府は自給率を高めるため10年に「公共建築物等木材利用促進法」を施行。学校や病院、商業施設など非住宅の建築物について木造化を推進した。政府は自給率を25年に50%にすることを目標に掲げている。


横浜市の翻訳者、上野哲也さん(53)は、自動翻訳ツールでドイツ語から日本語に変換した文章を前に「間違い探し」に目を光らせる。 「ポストエディター」。AIで飛躍的に性能が向上した機械翻訳だが、文脈を理解できずにおかしな訳文も吐き出す。それを修正する新しい仕事だ。上野さんは最近、ポストエディターとしての仕事の依頼が増えた。 もっとも、機械のミスをただ正すだけの作業なら、AIがさらに進化すれば不要になるかもしれない。上野さんは分厚い辞書と首っ引きで言葉の奥底の意味を考え、仲間とも議論しながら「機械の仕事」を手直ししていく。「人間にしかできないことを常に意識するようになった」 「タイピスト」「注文取り」「保険料集金人」――。大正大学地域構想研究所の中島ゆき主任研究員によると、前回東京五輪の1964年前後に「日本標準職業分類」に基づき国勢調査で使われていたこれらの職業は、今はもう記載がない。野村総合研究所は日本の労働人口の49%が就いている職業が、AIなどに代替される可能性があると予測する。「レジ係」や「路線バス運転者」に残された時間は長くて20年という。 九州在住の60代女性は大学時代、東京・渋谷のタイピスト学校に通った。就職先では英語で契約書を作成できるスキルは会社中から引っ張りだこ。「新時代が来たと思った」。60年代初頭は約6万9千人が「タイピスト・速記者」に従事した。 だが家庭で使えるワープロの登場で需要は激減。2000年時点で約1300人まで減り、職業分類から消えた。名古屋市の「菊武タイピスト女学院」は60年代には女学生でにぎわったが、今は「菊武ビジネス専門学校」に衣替えしIT分野などを教える。 多くの職業が過去に追いやられる一方、最近の国勢調査では20を超す新たな仕事が加わった。目立つのはコンサルタントなど「知識集約型」だ。 「世界で一番売れなかったゲーム機、知ってますか?」。小学4年の漆原心平さん(9)はカメラを前に、自分で調べたゲームの歴史を流ちょうに語り出す。記録した動画に編集ソフトで字幕を入れ、瞬く間にユーチューブに流す「作品」を仕立ててみせた。 動画の編集方法や撮影技術を学ぶ小学生ら(東京・渋谷)=金子冴月撮影 漆原さんが通うFULMA(東京・渋谷)運営のユーチューバー教室にはこの3年で3千人が参加。学研教育総合研究所の「将来就きたい職業ランキング」にユーチューバーが4位で登場したのは17年。19年はついに男子の1位に上り詰めた。 シンガーソングライターの渡部歩さん(23)は弾き語りの場を、路上からライブ配信アプリ「17 Live(イチナナライブ)」に移した。 視聴者はお気に入りのライバー(配信者)に「ギフティング(投げ銭)」をする。1人数百円でも、ファンが増えるにつれ生計が立つほどになった。路上で通りすがりの人を相手にCDを1枚売るのに四苦八苦していた頃とは大違いだ。 ライブ配信アプリ「17(イチナナ)ライブ」を使って、自宅でライブ配信するライバー(配信者)の渡部歩さん(中岡詩保子撮影) 渡部さんは事務所に所属していない。「自分の力でどこまででもできる」と手応えを感じる。 フリーランス、兼業、副業。働くかたちは多様化し続ける。大正大の中島さんは「会社による雇用が大前提だった社会は既に変わった。問われるのは個人の力。従来型の『職業』の枠自体が曖昧になってくるかもしれない」とみる。 「今の子供の65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就く」。ニューヨーク市立大大学院センターのキャシー・デビットソン氏は11年にこう予言した。5年ごとの国勢調査の次回は2020年。消える仕事、生まれる仕事が、社会の移ろいを映し出す。(金子冴月)


資本主義の常識がほころびてきた。資本を集め、人を雇い、経済が拡大すれば社会全体が豊かになる――。そんな「成長の公式」が経済のデジタル化やグローバル化で変質し、格差拡大や環境破壊などの問題が噴き出す。この逆境の向こうに、どんな未来を描けばいいのだろう。


富の源泉シフト 「見えざる手」。近代経済学の父、アダム・スミスは「国富論」でこんな比喩を使い、企業や個々人の利益追求が結果的に社会全体を豊かにするとして自由競争の効用を説いた。だが、何かがおかしい。


車上生活する労働者 IT(情報技術)産業が急成長する米カリフォルニア州、シリコンバレー。50歳男性、マーク・ボナーさんは家を失い、約2000ドル(約22万円)で買った中古キャンピングカーで暮らすようになった。米グーグルのオフィスそばの通りには約500メートルにわたって似たような車が何十台も並んでいた。高収入のIT人材が大量に流入した結果、住宅費や生活費が高騰し、工場や飲食店などで働くひとたちが車上生活を余儀なくされている。


サンノゼなどシリコンバレーを中核とする都市圏では家計所得20万ドル以上の世帯の比率が2018年に3割弱と、過去5年で10ポイント強高まった。一方、米国の支援団体によるとシリコンバレーを含むカリフォルニア州のホームレスは18年までの5年で10%増えた。


時給15ドル運動 「民主主義って何だ?これが民主主義の姿だ!」――。米中西部ミシガン州デトロイト。19年11月、寒空の下にシュプレヒコールを叫ぶ声が響いた。全米で最低賃金15ドルを保証する法令の制定を目指す団体「15ドルへの戦い(Fight for $15)」のメンバーだ。この日は地元のハンバーガーチェーン「マクドナルド」の従業員らのストライキに呼応して集まり、待遇改善を訴えた。


自由競争の勝者が富を生み、それが社会全体に広がる。そんな資本主義の常識が通じなくなっているようだ。


デジタル優位に 産業革命以降、モノの大量生産が経済成長をけん引してきた。製造業が工場に多くの労働者を抱えて豊かな中間層を生み出し、消費や経済成長を支えた。だが、経済のデジタル化で富の源泉は知識や情報、データに移った。米アップルなど世界の大手10社のデジタル事業の市場の評価額は約6兆ドルと、すべての日本企業の有形固定資産(約5兆ドル、金融除く)を2割上回る。


脱「株主第一」 資本主義経済で成長のけん引役を担う企業。その「あるべき姿」も修正を迫られている。米主要企業の経営者団体は19年、約四半世紀にわたって掲げてきた「株主第一主義」の旗を降ろし、従業員や地域社会にも配慮した経営に取り組むと宣言した。「企業は株主のために利益を稼いでいればいい」としてきた米国型の資本主義は転換点にさしかかっている。


変わる「いい会社」 温暖化ガスの排出量より吸収量が大きい――。「クライメート・ポジティブ」と呼ぶ状態を30年までに実現すると家具世界最大手、スウェーデンのイケアが宣言した。抑制やゼロではなく、「温暖化ガス純減」にまで踏み込む常識外れの経営体制だ。


2億ユーロ(約240億円)を投じて再生可能エネルギーに切り替え、植林にも力を入れる。イケアが決断した「環境のため」の大型投資。気候変動が問題になるなか、「いい会社」の評価軸が変わってきたことを示す。


禁じ手の貿易戦争 資本主義にとって大きな「異物」となっているのが中国だ。異形の統制型経済は強制的な技術移転や巨額の産業補助金で、自由経済の競争ルールに真っ向から対立する。それなのに、そのダイナミズムは恐ろしいほど。18年の起業数は670万社と4.7秒ごとに新しい会社を生み出した。同年の名目国内総生産(GDP)は約13.4兆ドルと80年当時の44倍に拡大。米GDPの65%の水準に迫った。


統制型の経済は長期的には効率悪化が避けられないはず。だが、追われる側の焦りは強く、米国は貿易戦争という禁じ手に出た。保護主義が最終的には世界大戦を招いた1930年代の教訓はかすむ。


危機のたびに「復活」 歴史を振り返れば、資本主義は何度も危機にさらされてきた。産業革命期には労働環境の悪化などから資本主義への批判が強まり、1848年にはマルクスが「共産党宣言」を発表している。第2次世界大戦後にも欧米で企業の国有化や規制強化が広がり、自由競争が後退する時期があった。


だが、資本主義は「そのたびに復活した」(英歴史学者ニーアル・ファーガソン氏)。イノベーションを促し、経済成長を続けていくには市場を通じた自由競争しか解がないからだ。実際、資本主義が東側諸国や新興国に広がった90年代以降、世界の貧困率は大きく低下した。いまや70億人超を覆う資本主義。世界を巡って新たな試練や矛盾を乗り越えようとする動きを探る。


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